三郎事件簿その7
「あっ!直った!」

(文責・ボーン助谷)

まだ三郎も俺も30代だった頃の話である。
事務所のスタッフの1人がケンカに巻き込まれ鼻の骨を折ってしまった。ご存知の人もいると思うが、鼻の骨を折ると顔面が大きく腫れ上がり、鼻から息も出来ない。病院に行って直してもらい湿布をしても一週間は腫れが引かず「痛いよぉ〜」と見るからに可哀想な日々が続いた。結局直ったものの、少し鼻が曲がったまま骨が固まってしまった。

「ケンカするもんじゃねぇよなぁ」

「巻き込まれたんですよ!最悪!こんなに痛いとは思わなかった」

とは本人の弁。
それから1ヶ月もしないうちに三郎が「痛いよぉ〜」と言いながら事務所に入って来た。見ると元々太っているので顔は変わらないが、鼻が「くの字」に曲がっている。

「どーしたんだよ!」

「昨日酔っぱらってケンカしちゃってよぉ〜。鼻が痛いんだよぉ〜」

「おい!鼻曲がってるぞ!それ折れてるぞ!すぐ病院に行け!」

「いやだよぉ〜。痛いよぉ〜。ホントに曲がってる?」

「思ったほど腫れてないけどカンペキに曲がってる!折れてるよ!ごちゃごちゃ言わずに病院に行け!」

「大丈夫だよぉ〜。明日になれば元に戻るよぉ〜。痛いよぉ〜」

元来丈夫な身体に産まれてはいるが、鼻はカンペキに折れていた。
鼻を折ったスタッフも心配したのだが「医者なんかキライだ!」と聞き入れない。翌日もまた「痛いよぉ〜」と言いながら事務所に来た。

「このバカ!医者行ってネェのか!曲がったまんまになっちゃうぞ!」

「そうかなぁ〜。痛いよぉ〜」

注射がキライなのは知っていたが、どうしょうもないヤツだ。丈夫なヤツの心理は、元来虚弱でガキの頃から栄養剤の注射を打ってもらうと少しは元気になるので医者に行くのが大好きだった俺には信じられない。
そうこうしている内に夕方になり、ずっと「痛いよぉ〜」を連発してウルサかった三郎が鏡を見ながら

「あ〜鼻が曲がっちゃてるよぉ〜。いい男が台無しだよぉ〜。痛いよぉ〜」

と言っている。面倒臭いので無視をしていたが、その時「カキッ!」という音がしたような気がした。

「あっ!直った!」
三郎が叫んで俺の方を向いた。どうやら力任せに曲がった鼻を戻したようだ。

「スケちゃん!戻った!戻った!アハハ!」

「ウソ?あっ!真っ直ぐだ!」
三郎は痛みも忘れ大喜びしている。そして言い放った。

「バカ野郎ぉ!鼻が折れたくらいで医者に行くバカ見たこたねぇ!こうやりゃぁ直るんだ!ギャハハハ!」

前よりも鼻筋が通ってしまっていた。
一瞬アゼンとしたが、この男の過去を紐解いてみれば納得するところもある。
人間頑丈なのも良いのか悪いのか、考えさせられる一件であった。